Stories Vol.5|「ガラクタが宝物になる瞬間」──一針一針で生まれる、手縫いテディベアと“制服ベア”の物語 前編

Stories Vol.5|「ガラクタが宝物になる瞬間」──一針一針で生まれる、手縫いテディベアと“制服ベア”の物語 前編
手作り工房 がらくた ざっく チャピママさん、カルチャー&ブックカフェPICO では、講師として 「さっちゃん先生」 の名前でも親しまれている。

手のひらサイズの“世界”が息をしている。
目が合うだけで、こちらの気持ちまで整っていくようなテディベアたち。

今回お話を伺ったのは、テディベア作家 チャピママ さん。
作品活動の屋号は 「手作り工房 がらくた ざっく」。そして、今回取材でお世話になった、カルチャー&ブックカフェPICO では、講師として 「さっちゃん先生」 の名前でも親しまれています。

「手縫いだけ」「顔を作るのは心が穏やかな時だけ」——作品に宿る“温度”の理由を、対話で紐解いていきます。

ブランドの始まり:「ガラクタ」が宝物になる

──まず、「がらくた ざっく」 というお名前は、どうしてこの名前になったんですか?

チャピママ:
「がらくた」って、言ってしまえば“何でもないもの”じゃないですか。
でもそれが、別の人から見たら 宝物 に見えることがある。
そういう“見え方”を大事にしたくて、この名前にしました。

──たしかに、言葉の響きも印象的です。

チャピママ:
今のブランド のつけ方って大体英語で書かれる方が多いんですけど、母と話してて、
「やっぱり日本 だし平仮名で誰でも分かりやすい名前にしよう」と。
“ガラクタがザックザックできますように”の ざっく です。

──“ガラクタだけど宝物がザックザック”。いいですね。

チャピママ:
自分でもすごく気に入ってます。

家族ぐるみで自然に育った「つくる暮らし」

──お母さまと一緒に活動されていた頃の、印象深いエピソードはありますか?

チャピママ:
母がずっと、絵を描いたり料理をしたり、何かしら作ってる人で。
“手作りが普通にある生活” を背中で見て育ちました。
私も自然と、フェルトで小さいものを作ったり、人形を作ったりしていて。

──「よし、始めよう!」というより、生活の中で“合体”していった感じなんですね。

チャピママ:
ほんとにそうです。
「私こんなん作れんねん」と、それぞれ作ってきたものが、ふと繋がって「やれへん?」ってなった。
父や姉も手伝ってくれて、家族ぐるみで動き出したのがスタートです。

──はじめからテディベアを制作されていたのですか?

チャピママ:
姉は 洋裁とか編み物 なんです。姉のを見て「私も姉みたいになりたい」って思って、私も編み物をやったり…いろんなことをやってたんですけど、結局いまは テディベア に収まっていった感じです。

──お母さまの“作る”は、木工の方なんですよね。

チャピママ:
母のことに関して言えば、おじいちゃんが材木関係の仕事をしていて、田舎で 木が身近にあった ので、木でおままごとを作ったり、棚を作ったり…っていうのがスタートで。
「木は絶対やめたくない」って言って、木の作品をずっと作ってました。

──木工って、スケール大きいですよね。

チャピママ:
そこから「もっと大きいものを作りたい」ってなって、私がリクエストして——今も使ってるんですけど、テディベアを作るための机と椅子を作ってもらったんです。

──すごいですね。

その椅子をDIYの賞に出したら選ばれて、NHKの取材も受けたことがあるんです。

──“母の木工、姉の洋裁、そして自分のテディベア”。同じ家の中で、それぞれの手仕事が育って、今の「手作り工房 がらくた ざっく」に繋がってるんですね。

チャピママ:
はい。「作る」ってところは共通で、手で作るっていうことですね。

チャピママ:
あと、当時「私の雑貨」っていう雑誌があって、親子でユニットっていうのが珍しいってことで、特集を組んでもらったこともあるんです。

お母様との親子ユニットとして始まった「手作り工房がらくたざっく」

──それはすごいですね!まさに原点の記録ですね。
ホームページの経歴を見ていると、イベントや展示、百貨店などもたくさん。実際はどんな雰囲気だったんですか?

チャピママ: 展示会でいちばん多かったのは、近鉄さんでやってた「手作り百軒横丁」です。 毎年1回か2回出ていて、長テーブルに飾り付けをして販売して、お客さんを迎える…っていうのをずっとやってました。

──現場で、直接反応が返ってくる感じですね。

チャピママ: そうですね。母は母でファンが付いて、私は私でファンが付いて、買いに来てくださる…みたいな感じがあって。

──親子ユニットなんだけど、それぞれ“推し”がいる状態だったんですね。

チャピママ: ただそれも私が20代の頃…20〜30ぐらいの時なので、もっと若くて。 まだ未熟だったし、作品がたくさんあったわけでもないんですけど。

──その頃から、テディベアも並んでいたんですか?

チャピママ: 出してました。テディベアはやっぱり販売していて。 当時有名な近鉄の「手作り百軒横丁」のポスターが出たときに、作品を載せてもらったりしたんです。 それで問い合わせが来たり…そういうことはやってました。 今とそんなに変わらないんですけどね。

テディベアとの出会い:真似から始まり、オリジナルへ

──最初に作ったテディベアの“最初の瞬間”って覚えてますか?

がらくた ざっく:
当時、日本にはテディベアの記事(作り方の情報)ってほとんどなくて。
流行ってたカントリー雑貨の本で見た、
手足が糸で可動してボタンで留めるようなベアがきっかけでした。

──そこから“本格的にやろう”って思ったタイミングが。

チャピママ: そうですね。本格的に作ろうと思った時に、当時はまだ日本にはあまり情報もなくて。 でも、あるお店が海外から キットを取り寄せて やっているのを知って、そこからスタートさせてもらいました。

──そこから先生に習いに行かれて。

がらくた ざっく:
はい。当時は有名な先生方もいらっしゃったので、その先生のところに習いに行って。 そこで基礎を学んでから、自分のオリジナルのパターンで勝負していこう って決めたんです。
基礎を学んで、そこから 自分のオリジナルの型紙で勝負 しようと。
目の位置、耳の付け方、パーツの傾き…ほんの少しの違いで“その子”になるんですよね。

──最初からオリジナル一本、というより。
最初は違います。基本があって、そこからですね。

──作家さんによって違う、っていうのは…どの辺が変わるんですか?

チャピママ: たとえば 目の付け方 一つでも、位置を斜めにする人もいれば、真っ直ぐ付ける人もいる。 耳から作り込みを始める人もいるし、作家ごとに“手つき”が違うんです。 それはもう、自分で生み出していくしかない って感じですね。

──パターン自体は、基本形があるんですよね?

チャピママ: ありますあります。 パーツとしてはすごくシンプルで「普通にある基本」なんですけど、 たとえば「ここの長さが違う」とか「手の大きさが違う」とか、 ほんの少しで全然変わってきます。

1体1体に個性があるチャピママさんのテディベア達

イメージはどこから広がる?—“やんちゃな男の子”から、女の子ベアへ

──技術的なお話をたくさん伺って、だいぶイメージが広がってきました。逆に、その「イメージが広がっていく」って、どんなところから広がっていくんですか?

チャピママ: 私のイメージで一番最初に取り掛かったのは、男の子のベアを作りたいっていうところでした。 ちょっとやんちゃな男の子で、海外の男の子のイメージで作りたい、っていうのが最初だったんです。

──最初は“男の子ベア”が起点だった。

チャピママ: そうです。実は、つい2〜3年前までは 女の子のベアって作らなかったんですよ。 でも、要望が多くて「女の子も作ってほしい」っていう話になって、作るようになりました。

──それは意外でした。ウェディングのオーダーもあったんですよね?

チャピママ: ウェディングのオーダーは受けてたんですけど、 男の子が二人いる感じで…女の子のお嫁さんを作らないといけないのに、 なんか男の子に見えちゃう、みたいな。 ちょっと苦手意識があったんです。
でも、最近はどっちも作れるようになって。 それも、30年以上やってきてる中で ここ最近のこと なんですよ。

──男の子と女の子って、やっぱり“顔の作り方”も違う。

チャピママ: 違います。顔の作り方は、女の子と男の子で違うので。

──ちなみに、これは男の子?

チャピママ:これは一応、男の子を意識して作ってます。 (今ちょっと女の子は手元に無いんですけど) どっちかというと、男の子のイメージで作りたくて。 お顔もちょっと キョトンとしたような顔 だけど、 笑ってるような顔 にはするようにしています。

テディーベアの写真

「絶対に手縫い」。そして“顔”は気持ちが整った時だけ

──制作で、ここだけは譲れないというこだわりは?

チャピママ:
絶対に手縫い です。ミシンは一切使わないことです。
それをされてる作家さんにはちょっと失礼なんですけど、ミシンって、どうしても機械的に感じてしまって。
一針一針、心を込めて縫うって決めてるので、毎日必ず針を持ちます。

──毎日…!

チャピママ:
ただ、疲れてる時に絶対やらないのが“顔作り” なんです。
顔は、気持ちが穏やかで「作ろう、楽しい」って時にしか作らない。
じゃないと、顔が変わるので。

──わかる気がします。触ったものに“気持ち”が出ますよね。

チャピママ:
出ます。絶対出てきます。
なので私は必ず悲しい時とかしんどい時は顔はしなくて、縫製だけはするんですけど。
針を持って縫うと嫌なことを忘れちゃうのでそこがライフワークでやってます。

素材と“目”左右が少し違うくらいが、人間っぽい

──材料の選び方も気になります。

がらくた ざっく:
モヘアは ドイツとイギリス がほとんどです。
目は海外の職人さんのものが多いけど、日本で目を専門に作る方にお願いすることもあります。

こっちがイギリス式です、こっちがドイツ式です。

ドイツ式(左上)とイギリス式(左下真ん中)、左下は日本の職人のもの。右2つは作者不明の手作り 黒目も左右必ずしも対象ではない。

ガラス職人さんというか本当に作家さんみたいな方がやっておられます。

──目って、作品の空気を決めますよね。

がらくた ざっく:
左右が全く同じじゃなくていいと思ってて。
人間も左右で微妙に違う。
それが個性になるので、私は“その揺れ”を大事にしてます。

作り続けるほど変わるもの—発表の場の変化、素材高騰、そして“今”に力を入れる理由

──長く続けている中で、制作ペースとかスタイルに変化ってありましたか?

チャピママ: 昔はもっとゆっくりでした。 仕事をしながらだったので、そっちが本職で。どうしても夜遅くなって、残業もあって、なかなか作れない時期もありました。

──それでも、発表の場には出されていたんですよね。

チャピママ: はい。昔は年に2回くらい、テディベアの専門フェスティバルが大阪でもあって。 そこに出して発表する、知ってもらう、っていうのはずっと心がけてやってました。

──当時は、イベントの“軸”みたいな団体も。

チャピママ: ありました。 大きく言うと「日本テディベア協会」と「テディベア・ファンクラブ」みたいな、2大巨頭があって、 大阪と東京でイベントをやってたんです。

──でも今は、その“場”が減ってきた。

チャピママ: そうですね。 だんだん下火になっています。 協会のほうは東京にあって残ってるけど、ファンクラブのほうは衰退して、材料販売が中心みたいな形で残ってる感じです。 もともとハマナカ手芸さんみたいな大きい手芸屋さんが関わってくださってたんですけど、 そういう流れもあって、発表する場が減ってきてしまった。

──ブームとしては、盛り上がった時期もありましたよね。

チャピママ: ありました。テディベア100周年とかで、わーっと盛り上がって。 日本でも「猫も杓子もテディベア作る」みたいな時代があったんです。

──でも、今は“手芸自体”が。

チャピママ: 減ってきてます。悲しいことに。 針に糸を通せないお年寄りが増えたり、若い人も手芸から離れてたり。 学校で教えるとしても、家庭科でパジャマ作って終わり、とか、直線縫いで終わり、みたいになってきて。 カルチャースクールでも手芸は人気がないって言われてて。

──“作り手の環境”が変わってきた。

チャピママ: そうです。 それに、材料が本当に高騰してきて、なくなってきてるんですよ。 私がすごく得意としてる「短毛のモヘア」(ベロアみたいな生地)も、どんどん手に入りにくくなって。 昔は色もデザインも面白いのがいっぱいあったのに、今は色が絞られて、オーソドックスな茶系しか無いみたいなことになってしまって。 今は、ラティニティという毛の流れがあるタイプが主流になってきて、私が好きなタイプは減ってきてる。 アンティークのベアってこういう「短毛のモヘア」毛の子が多いんですけど、ほんとに無くなってきてて。

──素材面でも、制作が難しくなってきた。

チャピママ: 難しくなってきてます。 でも、変わらずに「このスタンスだけは負けたくない」っていうのがあって。 代理店さんに「輸入してください」ってお願いして、 「無理です、なくなります」って言われても、引き下がらずにお願いして。 「作ってくれるなら」ってところまで通って、今のところは確保できてるんです。 ただ、商売なので…回らなかったらいずれ無くなるかもしれない。 そこは正直、これからどうなるか分からないです。

──その“せちがらい情勢”も含めて、制作スタイルは変わってきた。

チャピママ: だんだん変わってはきてますね。

──一方で、制作に力を入れ始めた転機もあった?

チャピママ: はい。コロナ以降です。 コロナ前までは、仕事のほうが忙しくて、テディベアは副業までいかない…副業に毛が生えるか生えないか、くらいで、発表してるだけだったんです。 でも「これじゃな…」って思って。 自分もやりたいことをやりたい、好きなことややりがいを本職のほうに持ってきたい、って思って。 それで、テディベアのほうも力を入れてやり始めた感じです。

──一コロナ以降、生き方を見直す方も多かったと思います。
チャピママ: コロナ以降、変わってきて。 お家で何かする人が増えて、「このままでいいかな」って思った人も多いと思う。 私もその一人でした。 会社に行って同じように過ごして帰って、果たしてこれでいいかな…って。 そこから、やりたいことを持ってやっていかなっていうのが芽生えちゃった。

──今は普段のお仕事も。

チャピママ: パートもしてますし、外に出る仕事もして、たまにディスプレイの仕事をもらってやったり。 なんだかんだで5つくらい仕事してる感じなんですけど(笑) その中に、講師業と作家業も入れて。

──作家業というのは、講師とは別?

チャピママ: 別です。 作家業は、自分の作品の発表と、あとオーダーもしています。

つづく

Stories Vol.5|「ガラクタが宝物になる瞬間」──一針一針で生まれる、手縫いテディベアと“制服ベア”の物語 後編
男の子ベアが呼び寄せた、男性のお客さんたち ──展示会のお話も出していただきたいです。展示会での出会いで、印象に残っている出来事はありますか? チャピママ: 展示会ですか…今まで何回もフェスティバルがあって、東京・大阪・福岡で出店しました。 そういうところで新しいお客様に出会うことは、今までもたくさんありました。 ──その中でも「これは忘れないな」という出会いって。 チャピママ: 面白いのが、私のイメージが“男の子のベアを作りたい”ってところから始まっているせいもあるのかもしれないんですけど、 男性のお客さんが意外と多いんです。 ──男性が、テディベアを。 チャピママ: そうなんです。 男性の方が気に入ってくださって、買ってくださったり、オーダーくださったり。 「母に渡したいから」っていう方もいらっしゃいます。 ──それだけでもう、だいぶ“ご縁”の幅が広い。 チャピママ: それがですね…本当に、推しのアイドルにプレゼントしたい、っていうオーダーもありました。 ──そんなことあるんですか? チャピママ: あるんです(笑) 推しの方がいて、その人のイメージキャラクターが
さっちゃん先生さんのプロフィール | マワリミチ
1991年より30年以上、テディベアの制作をしています。『手作り工房 がらくた ざっく』というブランドで活動しています。オリジナルのベアの制作のかたわら、オーダーベアや企業様とコラボする作家活動をしながら、講師活動も再開いたしました。
カルチャー&ブックカフェPICOさんのプロフィール | マワリミチ
豊中市上野坂 児童書専門店えほんサロンPICO。昭和レトロな可愛いビル。こだわりのドリンク。厳選した本を片手に、自由にお寛ぎください。

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